第8回ジオマンシーショートストーリー

 

ジオマンシーは、アラビア生まれのとても当たる占いです。ジオマンシーの16のシンボルにまつわる物語を、一話完結のショートストーリーとしてご紹介していきます。

 

ケース8「喪失」〜サチコの場合〜


出典: Pixabay

占い師のブースにふらふらと引き寄せられるように入ったサチコは、腰掛けるなり大きなため息をついた。

「わたし、もう、何にもないんです」

「どうされましたか」

占い師にうながされるようにして、サチコは、ハンカチをにぎりしめて、語り始めた。

結婚してから、忙しい夫には頼れず1人で子育てをしてきたこと、一人息子がようやく大学に入り、家を出たとたん、空っぽになってしまったこと……。

「空っぽの息子の部屋をながめてると、涙が出てくるんです。こんなに大事に育ててきたのに。わたしの人生なんだったんだろうって」

サチコの話をうなずきながら聞いていた占い師が、「1枚引いてみてください」とカードを差し出した。

サチコが引いたのは、こぼれた杯が描かれたカードだった。

「今あなたが引かれたこの『喪失』というカード。18年の時を経て、ようやく実現したのかもしれませんよ」

「どういうことですか」

「18年前、息子さんが生まれたとき、さぞかし嬉しかったことと思います。実は、この『喪失」というシンボルには子供が生まれるという意味があります」

占い師は、カードをパラパラとめくると、もう1枚のカードを開いて見せた。

「こちらが『獲得』のカードです。このジオマンシーという占いは、結果が2つずつ組になっていて、『喪失』と組になっているのが『獲得』なのです。ジオマンシーの勉強を始めたとき、どうして喪失が妊娠出産なのか? 子供ができるんだから獲得じゃないのかって、思いました。でも」

占い師は、やわらかな笑顔を浮かべた。

「子供って、ひとりの人間で、親の自分とは別人格なのですよね。よく、子供を作るとか、子供を持つとか言いますけど、作るものでも持つものでもなく、女性にとって子供を産むって、自分の体から何かが失われて、出て行くことなんじゃないかって思ったんです。だから」

占い師がサチコに向き合う。

「生まれたそのときに、あなたは失ったんです。大切な大切な体の一部を。でも、それが大きくなって、元気にたくましく生きてるじゃないですか。さみしいけれど、嬉しい。嬉しいけど、とってもさみしいことなんです。子供が生まれるっていうことは」

 

 

 

 

 

 

 

テーブルの上には、『喪失』と『獲得』の2枚のカードが並んでいる。

 

「失って空になった器には、新しい何かをいれなくちゃなりませんよね。あなたの空っぽに、何を入れましょうか? 息子さんが受験生だったときはいろいろ我慢してできなかったこともあるでしょう。スキーですべったりとか?」

占い師の言葉に、サチコは苦笑した。


出典: Pixabay

「確かに! スキーなんて禁句でした」

「でしょう?」

「そういえば、主人と初めて出かけた旅行は、スキーでした」

サチコは、いつか夫とまたスキーに行きたい、と考えている自分に驚いた。

夫とどこかに出かけたいなどと、ずっと思ったこともなかったのだ。

空っぽになった器に、少しずつ何かが満たされていくような確かな予感があった。

 

ジオマンシーシンボル「喪失」のキーワード

放出。手放す。身軽になる。追わない。

*画像は「ジオマンシーカード」「ハピタマ!」です。

 

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占い師・作家:高橋桐矢

WRITTEN BY 高橋桐矢

高橋桐矢
高橋桐矢(たかはしきりや)占い師兼作家。 雑誌「ムー」(学研プラス)に毎月の占い掲載。 著書『占...